老子の言葉をわかりやすくお届けします

いまだ謎のヴェールに包まれている作者

中国の「二大思想書」としても名高い『老子』

 

「“老子”って、人物の名前?それとも書物の名前?」

 

…そんな疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、
老子は書物の名前。
紀元前403年〜紀元前221年の「戦国時代」に書かれたとされていますが、
その作者についてはいまだにハッキリとは分かっていません。

 

ただ、中国に伝わる歴史書『史記』(作者は司馬遷)によれば
老子の作者は楚の苦県(現在の江南省鹿邑県)、曲仁里の出身で、
「李耳たん(りじたん)」という人だったのだとか。(「老たん(ろうたん)」とも呼ばれます)

 

老子=世捨て人のようなイメージがついてまわりますが、
もともとは周の書庫(図書館みたいなもの)に勤める役人だったようです。
周の衰退を見て、その地を捨てて旅に出る(隠棲する)ことにしたそうで、
その時に関所の役人に頼まれて書いたのが、この『老子』だったのです。

 

ちなみに、この『史記』では、『老子』の作者候補として、「老來子(ろうらいし)」という
老たん(ろうたん)とは全く別の人物も挙げられていますし、
「200歳以上まで生きた」という神格化された伝承も残されています。

孔子と面識があった?

中国の思想家といえば、やはり孔子がダントツに知名度が高いのではないでしょうか。
孔子は、紀元前551年〜紀元前479年に生きた人物ですので、
理論上は、老子の作者とは時代が重ならないハズです。

 

しかし、『史記』には、孔子が『老子』の作者を訪ねたことがある
…という非常に興味深いエピソードが残されています。
具体的には、老子の作者が役人をしていた頃に、
孔子が訪ねていって「礼」について教えてを乞うたのだとか。
老子の作者は、

 

「死んだ昔の人の言葉をありがたがっていてもそんなものにはなんの価値もない。
だいたい、お前の態度が気に入らないね。
その高慢ちきな気位と欲張り根性、野心を捨てたらどうだい?」

 

…と一蹴したというのです!

 

そして孔子は、老子の作者についての印象を、
「初めて竜というものを見た」
と、語ったのだとか…。
あの孔子にそこまで言わしめる人物ってスゴイ!!

 

このエピソードが事実か否かは別として、
それだけ、老子の作者は強烈な存在感の持ち主だったということなのでしょう。

 

実は馴染み深い言葉ばかり!

ちなみに、『老子』は正確には『老子道徳経』といい、
上下二篇81章に渡って教えが説かれています。

 

「中国の思想書って難しそうでとっつきにくい」
「読もうと思ったこともない」
そんなイメージで、敬遠している方も多いかもしれませんが、
実は、老子の作者が残した言葉は私たちの身の回りにも溢れています。

 

「上善は水の如し」(お酒の名前にも使われていますね^^)
「和光同塵」
「大器晩成」
「無為自然」
「大道廃れて仁義あり」

 

…これらの言葉は、誰でも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?
上記はごく一例ですが、『老子』の作者の言葉には、
時代を超えて人の心にじわじわと沁み入る深いメッセージが込められています。

 

生きにくい時代を、どう生きていけば良いのか。
そういう気持ちで社会と、そして自分の人生と向き合っていけば良いのか…。
『老子』は、その大きなヒントを与えてくれる書物と言っても過言ではありません。